2025年

年越しを病院で過ごすなんて思いもしなかった。2024年年末に胃のあたりに激しい痛みがあり、ブスコパン飲んだり、お風呂で温めたりしたんだけど、時間の経過するごとに痛みが増し、ついにギブアップ、血液内科でお世話になっている病院の救急窓口に行き、診察後そのまま入院になりました。
(着替えもなにもない、電気もエアコンもつけっぱなし、スマホしかもってない、などなど、痛みに耐えながら考えていたが、痛みで気を失いました)
結局は胆石による腹部の痛みで、年末年始は手術できないということで入院、栄養剤点滴のみ食事なしという入院。元旦には(4人部屋)の他の患者さんのところには家族がおせち料理を持参するなど、お正月を迎えているようでしたが、こちらはその美味しそうな匂いを嗅ぎながら、点滴の輸液ポンプの数字を眺めていました。結局3週間入院し、その間はCMLの抗がん剤を休薬していたことがうれしかったです。

その後、抗がん剤生活に戻り、こうして身体が弱っていくんだと実感しながら、まじめに終活しようと考え、やり残したことや引き継ぐべきことなど考えたら、結構やること多くて、面倒だなぁとなったんですが、これをやることが私のいまの役目だと思い込ませて、着手しはじめたら、まったく数字(金銭)にはならないもののやってることが楽しくて、さらには友人と起業した会社も19年が経過し来年20年だから、帳簿とかそういうのも(過去)整理処分しないと思ったら、10年分残して過去を整理処分する作業はとても気持ちがよく、ここで失敗したなぁとか、大きなダメージがあったなぁとかももうチャラになることを体感し、時間の経過、継続は数字のくせに、すごい頓服のような効果があると感じました。

 

 

 

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2024年

CMLになって丸4年、風邪のようにいつか治るということは考えなくなったことが一番の変化だと思う。どのように病気と共存していくか、必ずしも悪(病気)を退治してヒーローにならなくても、生きていける(生きないといけない)という境地が見えた。完璧主義的な思考から脱出した感じです。

仕事に関しても、景気がコロナで打撃を受けたが、立ち直っているとは思えないなかで、どうしたらいいって考えなくてもよくなった。景気が回復しているとうのは、世間知らずの政治家と省庁の役人たち、自分たちでこしらえたエクセルの計算式のようなもので景気回復しているというが、全く別のレールで別の方向に向かっている列車に乗った方々とは、共存する気にはならないねぇ。

いまの世の中(たぶん、日本だけじゃないと思う、知らんけど)数字で運営しようとしてますよね。経済はもちろん、量とか割合とか人数とか、見える化しようも数字にしようだし、人間の価値も年収とか資産とか数値だし、映画だって興行収入っていう数字だし、絵画とかも1号何万円の画家と言われるように数字だし、生活も家の大きさや値段や車の台数などなど数字だし、生活の質も数字で表そうとしている。

数字しか扱えない人が、美しさをどう解釈するんでしょう。
きっと、それはいくらですか、という気がします。それが、タダです、と言われたらどう解釈するのか、聞いてみたい。

私は、数字に縛られない生き方を真剣に考えたいと思うし、数字に生きる生き方に戻りません。

 

 

 

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2023年

CMLと診断されてから3年生きることができました。

プロデューサーとして製作および制作に関与した映画「長崎の郵便配達」(2021年完成)も、2022年8月より配給会社ロングライドによって全国上映することができ、気持ちは穏やかではありますが、上映の収入回収はまだまだ先の話で、いまどうしようかという問題が残されている。

CMLって、薬代高いんです。さらに悪いことに、血液のがんと言われるものの治療によって治るということはなく、染色体異常の成分を含んだ血液の生産部分は修復できず、染色体異常の成分を含んだ血液の量(割合)を下げる、という投薬治療なので、うまくいけば、割合を下げて健康に問題のない状態にすることはできる可能性がありますが、異常な血液はもうつくられない、ということではないので、もしかしたら投薬が永遠に続くこともあり得るということです。

患者の絶対数が少ないので、薬の値段はある程度以下にはならないだろうと思うと、この問題は根が深い・・・。(一応、私はCMLの薬のジェネリック薬品を使っているけど、高い)

 

 

 

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2022年

新しい年を迎えることができました。

感謝です。

コロナウイルスと同じ時期に基礎疾患を患い、同じ年を過ごしてきました。気がつけば、もう2年が経過します。

生きているだけで儲けものとは、こういうことをいうんだと実感しています。いまは、私自身が大事と思うことをひとつづつ進めていくことだけです。

また、新しい年が迎えられるように努力しましょう。

 

 

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2021年

新しい年になりました

日本的に個人的なことをいえば、一昨年母を亡くし、昨年父を失くし49日もすんでいないこともあり喪中ということで、いくつか使わない方がよい言葉があり挨拶を控えます。

 

個人的なことをもうひとつ追加しておけば、白血病の診断を受けて抗がん剤治療をはじめてやく1年が経過しました。治療の効果はでているものの副作用による別の痛みの方でまいっています。薬は生きていればこのまま飲み続けることになるそうで、副作用も徐々に身体が慣れていくということでしたが、この副作用についていけるか、日々不安になります。また、治療により免疫力が低下していることから、ウイルス感染は避けなければならない状態となっています。

 

そうこうしているなか、新型コロナウイルスの感染は猛威をふるっていて、非常事態宣言により人の外出は現象し、経済的な影響も大きくなってきているようです。あいにく映像という作品はネットやデジタルとの相性が良かったことから、作品の公開することに関してはわりにスムースに展開できているといってよいと思いますが、映像作品をつくる(制作する)観点ではコロナウイルス感染防止の影響からロケ等が配慮が必要となるため、ロケ移動からすべてやり方をかえていく必要が生じました。そのため、制作することにかんしては時間にも費用にも影響があり、そういうところを支援してくれるとありがたいと思う。

 

新型コロナウイルスに関して、個人的な意見としてですが、社会や個人の生活において、世界的におこったことで、日本の立ち位置や文化のあり方、生活のあり方、個人の性格や志まで顕著にあらわれてきたと思っています。人の思いの裏側が露呈することで人となりの真意が見えてきて、それが社会や文化へあたえる影響も見えてきたことから、待ち望んでいた2000年代のルネッサンスのトリガーになると内心喜んでいて、この変化を見逃さないようにしたいと思っている。しかしながら、持病も含め個人的に精神を病むことが多発していて、このルネッサンスを深いところまで参加しながら見続けることができるのか、不安や怖さがつきまとう。

 

今日はこの辺で

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